2006年07月11日

たよりないこの足取りで

バイタルサインみたいな気持ちできっと歩いていける。
(クラムボンの曲です)
そしてちょっと見失っていた、自分を精神的に成熟させるということをもう一度始めます。

人を見ること、人との違いで自分をみつけることというのが
アイデンティティの確立にとって最短ルートだったので、その道をとり方法論と他者との違いや、反応のパターンや、自己分析によって確立していった私のアイデンティティですが、正直、元カレさんに方法論とか全部壊されてしまったのですw予想外の事多すぎて。現象と現象がつながってなくて、個々で展開されるといのが初めてだった。
まあ、それもよかったなと。

ある意味私の方法は他者への寛容さに欠け、成熟とは違う小賢しさと他者の「個」の消失に他ならないものだった気がします。
(他者というくくりになり、それが個として私の中で確立するのに時間と自分自身との関係の深さで左右されていた)
他者を尊重しようと思って来たにも関わらず、本当の意味での優しさが指からすりぬけていたのではないかと思う。
日本社会の優しさは礼儀などで形式化されているので、ついそれを行うことで優しいと判断されがちですが(例;私は良く会社とかでそう言われるが。私ちっとも優しくした覚えはないww)
また、私の優しさはこれではないかと思う事もあります。
欧米でいうホスピタリティという優しさの概念は見習いたいなと思いました。
性質がもともと向上心はあるものの、人情にかける、というところがあるので。
魂から出すなにかというよりは、相手を考える事によって出るなにか。という方向かなと思います。でも別に安売りはする気はありません。厳しい判断もします。
優柔不断なぐだぐだにはならないように。

それと私の悪いところで、よく「普通」という言葉を無意識で使ってしまうが、普通や、世間的にや、この会社はという言葉をあまり簡単に使うのはやめなくてはなーと思いました。形式から意識を固められてしまう。
私はこう思うから。私はこう感じるから。

ただし日本企業においては群衆としての自分や、群衆の意識というものががっちりと存在しているので、そこは以前通りある程度パターンにはめていかないとうまく行かない気がします。
公人としての自分というのがあるので。ただ、そこの裏には個が存在することを忘れずにその個を出させて行こうと思った。つかずはなれず、忘れず。
当たり前の事で普通には解っているんだけど、キャパシティの問題ですね。今まではそこを見ないようにしていた。
別に友達ごっこする気はございません。
ただ、鬼軍曹はやめるかーと。私自身はあまり演技しないで行くかなと言う感じです。
とりあえずその2点を考慮にいれながら、再構築していきたいと思います。
年齢が年齢なのでなかなか難しいですが。固まらず流転し、変わって行きたいと思います。

ただ正直、こうなりたい図みたいのがやはり未だにないな。
具体的な人物とかがいない。
池波正太郎かな・・・

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